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聖堂の扉が静かに開かれる。そこには色黒で大柄なあの男が立っていた。迷うことなく、アルベルトは聖堂の通路を進む。
思わず立ち上がったダニエルを隠すようにシスターテレジアは手を広げた。
ダニエルの前に来た時、アルベルトが後ろ手に何かを隠しているのに気がついた。反射のように、思わずダニエルは後ろに下がった。
「シスター…!」
だが、アルベルトが跪いて差し出したのは一束の桔梗の花だった。
驚き、ダニエルは目を見張る。
「…誤解させたかもしれないが、私の気持ちです」
「どういう…」
「少しでもいいから考えてもらえないか」
アルベルトの声は低くかすれていた。
気持ちとはなんなのか。考えを巡らせダニエルは固まった。
桔梗の花言葉は誠実、従順、
そして真実の愛である。
少なくとも敵意や軽蔑心は持っていなさそうだ。そのことに安堵した。
アルベルトがダニエルを見上げると一房の髪が顔を滑り落ちた。左耳に空色の宝石が埋め込まれたピアスが光る。いつもは無表情な顔に必死な色が浮かんでおり、ダニエルは恐る恐る花束を受け取る。
少しアルベルトが柔らかい表情になる。
「…貴女に伝えたいことがある。来てくれないか。」
シスターテレジアが心配そうな目でダニエルを見る。その心を読んだかのようにアルベルトは言う。
「二度と貴女を悲しませたりはしない。」
ダニエルは無言で頷いた。
※※※
アルベルトに導かれ外に出るとデンスの民が一頭の大きな黒馬を引いて来た。アルベルトはダニエルを抱え上げ馬にまたがる。
低い嘶きとともに馬は全速力で駆け出す。デンスの民もその後を追う。
黒馬の白馬とは違う猛々しさにダニエルは息を飲んだ。
「失礼」
アルベルトの太い腕がダニエルに回される。馬は飛ぶようにかけ、向かい風すら痛いぐらいだ。
あっという間にアルベルトは馬を止め、ダニエルを降ろした。
青い草の生い茂るその場所は涼しい風が吹いていた。見覚えのある場所である。
アルベルトのあとを追いながら必死で記憶をたどっていたダニエルはこの光景に強い既視感を抱いた。
「待って、ここはどこなんだ」
アルベルトは歩みを止めて振り返る。
「ご存知ないですか」
思い出した。
7歳の時、父とここに来た。あの時みた素晴らしい光景、誇らしい気分を思い出す。思わず、ダニエルは高台へ走りだす。
しかし、目下に広がる光景は違っていた。
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