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半壊した家々からは煙がたちのぼり、人々はしたを向いて歩く。もはやバザールに人通りはなく、店先にはなにも品物がなかった。
むき出しの土が生々しい。
ダニエルはへたり込んだ。
父と見た光景、美しい思い出がなくなったように感じて手の先が冷たくなる。パールズベイこそが父の生きた証だったのに。
「…うそだ、お父様…!」
頬を涙が伝う。父の残したものは全て奪われたのか。なんとかしなければ、考える、何ができるのか
…何もできない…
ダニエルは父の名前を呼び狂ったように慟哭した。幼い時代に戻ったかのように叫んだ。
「許してお父様…!助けて…!」
「殿下、これが真珠の都、パールズベイの今の姿だ。」
隣に跪いたアルベルトが悔しそうにつぶやく。異国の民なのに何を悔しそうにしているのか。ダグラスから独立できて喜んでいるのではないのか。見当違いの怒りだとは知りながらダニエルは怒りを爆発させた。
「こんなのって…こんなの、知りたくなかった!私は何もできない。父みたいになんてなれない!」
アルベルトの肩を怒りに任せてつかむ。わずかに目を見開いた彼はされるがままになっていた。
「もうどうしようもない、こんな国じゃみんなを幸せにすることは無理よ!デンスの民だって時期に独立するんでしょ、わかってる。」
イライラしてアルベルトの肩を揺さぶろうとしたがピクリとも動かない。
「私のことをもてあそんで花など贈ってこんな光景を見せつけるなんて私のこと恨んでるんでしょ。あまりにも…」
「それは違う!」
アルベルトはダニエルの両手をつかんだ。突然の大きな声にダニエルは震えた。
「殿下は幼い頃を覚えてらっしゃらないのか」
「お父様の下についていたことは知ってる」
アルベルトはため息をつく。そして黒い目に悲しみを浮かべ、ダニエルの左耳に手を伸ばしてきた。
「このことも覚えていないのだろう」
金髪の下には黒曜石のピアスが輝いていた。
「これは…小さい時にお父様がくれたピアスだ」
経緯は…忘れてしまったが
アルベルトは自分の左髪をかきあげる。薄い耳には空色のピアスが光っていた。
「私は殿下の目のピアス。殿下は私の目のピアス」
ダニエルは息を飲む。婚約者の目と同じ色のピアスをつけること。それはダグラス国の古い慣習であった。
「私は一生殿下を支えるとジョージ様に約束した。私とともにダグラスを元に戻そう」
アルベルトは誇らしげにダニエルを見つめた。
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