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ダニエルの瞳が揺らめくのをアルベルトは敏感に察知した。草を揺らす風の音だけが聞こえる。
ダニエルは動揺し混乱しながらもどこかほっとしていた。
ただ弄ぼうと義母の話にのったわけではなく、正当な婚約者としての権利を享受しただけだったのか。この人は父が自分を託せると思うほどの人物なのだろう。
悪い人ではないのかもしれない。でもこれから起こりそうなことが恐ろしくて素直に頷き返すことはできない。
無言のダニエルにアルベルトは声を絞り出すように言う。
「無礼なことをして悪かった…みっともない言い訳にすぎないが私は貴女を10年間も待ったんだ。」
アルベルトのかすれた声にダニエルの心臓はどくりと跳ね上がった。無骨な手がダニエルの手を包む。そのまま額に手を持っていかれても魔法にかけられたかのように反抗できない。
「貴女を前にして我慢できなかった…」
黒曜石のような瞳が濡れている。今度は触れられてもなぜか嫌な気持ちがしない。岩のように大きく、鬼神のように強いアルベルトが震えて真心を告げ許しを請う姿はダニエルの心を揺さぶった。
「もはや結婚なぞしてくれなくていい。ただ私をそばに置いてくれたら」
手にあてられた額が熱い。
「パールズベイは元に戻るの?」
「私たちで戻しましょう」
「私は父のようにはなれない」
「なれる、私には分かる」
「アルベルトのように強くないもの」
「強くないならば強いふりをすればいい」
アルベルトの強い言葉にダニエルは肩をふるわせる。
「私も若い頃にジョージ様に言われました。弱気でいると弱い人間になってしまう。理想の自分を演じ続けろ、そうすればいつかそれが本当の自分になると。
ジョージ様は死んでもなお私たちを導いてくださる」
風がダニエルの金髪をすくい上げる。
「でも、パールズベイは消えた…お父様の生きた証はもうない」
「ジョージ様の生きた証は消えていない」
アルベルトの手が金髪を撫でる。
「その髪、その瞳こそジョージ様の生きた証。理想の王になり続ければジョージ様は復活できる」
新緑の薫りが2人を包み込んだ。
ダニエルは何も言わないが強い目でアルベルトを見つめる。それが返事だった。
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