セオドア・マクラーレン

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夜の帳がおりたあと、少年はボロ布をかぶりこっそりとラベンダーズバリー教会へむかう。 質素なつくりの教会だが窓のステンドグラスだけが異様に綺麗だった。中の明かりに照らされ、地面に聖マリアと幼子の影がうつる。 光を浴びてはいけない身体だと知りながらも少年はついその影に足をむけてしまう。 その時、風に乗りさやかなるひびきが耳に届いた。 “スカボローフェアに行くのかい? パセリセージローズマリーとタイム そこにすむあの人によろしく伝えておくれ かつては心から愛したあの人に” それはいたずら好きの精霊を歌った民謡だった。よく通るその声はまるで本物の精霊の歌声のよう。心地よい響きと美しい光に少年の頭はぼーっとしてきた。疲れて眠いし、ここで少し休もう。まぶたが自然に重くなる。目をつぶると歌ははっきりと聞こえてきた。 精霊が近づいてきてるのかな、バカな考えを少年は抱く。 こうして私は死ぬのかな… 最高に気分がよいしなかなかいい死に方だ “…そうすればあなたを心から愛そう” 耳元で囁くような歌声が聞こえる。同時に暖かい何かが少年の身を包んだ。 少年はぼんやりと目を開く。そのには金の髪をなびかせた少女がいた。「天使よ、私を迎えに来てくれたのですか」 「クリス、この人熱でもあるのかなぁ?」 青い目が心配そうに少年を覗き込む。その少女の手をクリスと呼ばれた少年がひっぱった。栗色の巻き髪は小刻みにゆれ、クリスは明らかに怯えている。 「ダニー様、やめてくださいよ。危ない人かも…僕怖いよ」 「きっと大丈夫だもん、私みたもん」 ダニーはにたりと笑う。興奮が隠せない様子で飛び跳ねてクリスの手を握る。クリスはよろけながら手をひかれる。 「一昨日、この人が聖書を持って帰ってたの。」 ダニーは真剣な眼差しで少年を見つめる。 「ほら、こんな一説があるじゃない」 したり顔で胸を張りダニーは言う。その表情は幼い顔には似つかわしくなかった。 「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」 聖書の一文を唱えたダニーにはっとする。その章の続きが少年の脳裏によぎる。まさか、そんな都合のいいことがあってよいのか? 「自分のようにあなたの隣人を愛しなさい…」
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