1人が本棚に入れています
本棚に追加
ダニーの海のような目は揺れていた。そして辛そうに長いまつ毛がゆっくりとおりていった。
なぜこんな仕打ちを受けるのか、なんとなく少年には分かっていた。
スラムではみんな生きるのに必死なのだ。
幼く若いころはだれでも自身の置かれた環境を恨み、なんとか這い上がり“持てる者”になろうと努力を重ねる。
しかし成長するに従ってその努力は報われないと気がつく。どれだけがんばっても“持てる者”にはなれない。
そのもどかしさ、絶望感から自分より恵まれないものを探して迫害するのだ。自分の自尊心を保つために。
「身分の差と混乱の社会では仕方がないのです」
だれもが黙り込んだ。
前王ジョージが2年前に亡くなってから急にダグラス王国は荒れ始めた。物価は高くなり、市場には物がなくなり、窃盗や詐欺が横行する。次第に人々の表情が暗くなっていることに少年も気がついていた。
沈黙の中、草葉を踏みしめる音がかすかに聞こえる。
「ねぇ、ダニー様、シスターテレジア来ちゃったよ…逃げましょう」
クリスが泣きそうな声で言う。
「ダニエル様!なにしてるの!」
修道服を着た初老の女性が立っていた。身長も高く体格もよく迫力満点だ。眉を釣り上げた鬼の形相で2人を睨みつけるとダニーは口をパクパクさせクリスは縮こまった。
「今週の分の“主の祈り”は唱え終わったの?このままだと…」
シスターテレジアの目は少年にとまった。その痩せ細った身体と全身の痣に言葉が詰まる。
そしてふぅと息を吐く。
「…あとにする。クリス、お湯を沸かして」
シスターテレジアは少年を軽々と持ち上げる。少年はおどろき縮こまる。
「…あ、あの…」
「私はシスターテレジア。この教会の修道女さ。あんた、名前は」
何かいいたげな少年を無視してシスターテレジアは早口で尋ねる。
「名前などありません」
「えっ…」
クリスが驚き声をあげ、ダニーは眉間にしわをよせた。
最初のコメントを投稿しよう!