セオドア・マクラーレン

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ダニーの海のような目は揺れていた。そして辛そうに長いまつ毛がゆっくりとおりていった。 なぜこんな仕打ちを受けるのか、なんとなく少年には分かっていた。 スラムではみんな生きるのに必死なのだ。 幼く若いころはだれでも自身の置かれた環境を恨み、なんとか這い上がり“持てる者”になろうと努力を重ねる。 しかし成長するに従ってその努力は報われないと気がつく。どれだけがんばっても“持てる者”にはなれない。 そのもどかしさ、絶望感から自分より恵まれないものを探して迫害するのだ。自分の自尊心を保つために。 「身分の差と混乱の社会では仕方がないのです」 だれもが黙り込んだ。 前王ジョージが2年前に亡くなってから急にダグラス王国は荒れ始めた。物価は高くなり、市場には物がなくなり、窃盗や詐欺が横行する。次第に人々の表情が暗くなっていることに少年も気がついていた。 沈黙の中、草葉を踏みしめる音がかすかに聞こえる。 「ねぇ、ダニー様、シスターテレジア来ちゃったよ…逃げましょう」 クリスが泣きそうな声で言う。 「ダニエル様!なにしてるの!」 修道服を着た初老の女性が立っていた。身長も高く体格もよく迫力満点だ。眉を釣り上げた鬼の形相で2人を睨みつけるとダニーは口をパクパクさせクリスは縮こまった。 「今週の分の“主の祈り”は唱え終わったの?このままだと…」 シスターテレジアの目は少年にとまった。その痩せ細った身体と全身の痣に言葉が詰まる。 そしてふぅと息を吐く。 「…あとにする。クリス、お湯を沸かして」 シスターテレジアは少年を軽々と持ち上げる。少年はおどろき縮こまる。 「…あ、あの…」 「私はシスターテレジア。この教会の修道女さ。あんた、名前は」 何かいいたげな少年を無視してシスターテレジアは早口で尋ねる。 「名前などありません」 「えっ…」 クリスが驚き声をあげ、ダニーは眉間にしわをよせた。
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