ー千広の場合ー

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ー千広の場合ー

コーヒーをすすりながら、千広は思い出した。十二月のテーマパークでコーヒーをすすっていたのはあの日も同じだった。 「うー、寒い。寒い時は温かいコーヒーだよね、やっぱり」 詩織は、買ってきたばかりのコーヒーを両手で覆い、白い息を吐き出している。 「大学生最後のデートが、こんなに寒いとはね」 彼女は二年次を終える今年度で大学を辞め、来年から看護師の専門学校へ進学する。俺は詩織のいなくなった大学で間延びしたキャンパスライフを続けることになるだろう。最近では時々、一緒にいても詩織が遠く感じることがある。大学近くの書店で、立ち読みしていた本から目をあげ、看護師への憧れを語った時。専門学校への進学が決まったと弾む声で電話してきた時。きらきらと希望にあふれている、まさにそんな感じだ。俺は、俺は。大学の進路指導室で就職活動対策講座の貼紙を見るたびに、息苦しくなる。何がしたいんだろう。何をして生きていくんだろう。 「おなかすかない?なんか買ってこよっか」 俺の返事を聞かないうちに、詩織は財布を持って立ち上がった。あの日も、一人でベンチに座ってたな。あれは、たしか人魚の世界をイメージしてデザインされたアトラクションからアラビアの町並みが再現されたエリアへ向かう途中、きのこみたいなパラソルの下だった。俺は高校二年生、修学旅行で妹君や母君にやたらとみやげを頼まれてたんだっけ。 「S高の朝倉くんです、よね?」 修学旅行でなぜか有名テーマパーク、さらに男六人で班行動なんてと一人抜けてきた千広は、学校の関係者か、これでまた班行動か、とうんざりした気分で顔を上げた。そこに緊張した面持ちで立っている彼女は、たしかF高の麻木さんだ。状況が飲み込めずにいると、黒いセーラー服に赤いマフラーの美少女が続けた。 「うちも修学旅行なんだけど、なんかはぐれたらしくって。F高の子たち、見なかった、よね?」 「は、はあ」
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