第1章 歯車と始動

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体育館は完全にカオス状態だった。 子供達が泣いて、叫んで、走り回っている。 状況のヤバさを理解している者は誰もいないが、皆熱心に興奮している。 まあ、だがそれも当然と言えば当然のこと。 彼等はたかが小学生で、小学生というのは興奮しやすいのだ。 そう思って、周りを見渡したが、騒いでいるのは子供達だけではなかった。 無様なものだ。 まるで子供の様に混乱する年配の教師の姿など見ていて滑稽でしかない。 ペレは溜息をついた。長いやつだ。 だが不思議なことに、彼の担当している五年二組は、この混乱に満ちた体育館の中で唯一統制の取れている集団だった。子供達は、体育館の端っこで、男女に別れ、出席番号順に二列、きちんと体育座りをしながら、和気藹々としている。 実に不気味だ。ペレにはこの光景が理解できない。 3時間前、学校の最上階の3階に突如マウンテンゴリラが出現した。 なんともいえない奇妙な出来事だが、れっきとした事実である。 ペレはドアから顔を覗かせた黒くて大きなシルエットを覚えているし、恐らく五年二組の生徒たちもだ。 だが、彼等はゴリラを見てもなんの反応も示さず、ベランダの非常ハシゴを使って避難すると言った時もどうにもきょとんとしていた。 ペレはそのせいで一瞬幻覚かと思ったが、隣の六年二組から「うおおおおお!ガチのゴリだよ!!!!」という叫び声が聞こえてきたので、どうやら自分が狂っているわけではないと悟ったのである。 その後も体育館に全校生徒が集まり、どんなに周りが騒いでいても、ずっとこんな落ち着いた雰囲気なのである。 実に不気味だ。 「はい!」 ふいに列の真ん中で手が上がった。 ペレは腰掛けていた舞台に上がる階段からその生徒に話すよう手で合図した。 「ねえ先生!俺らさー、何分ここにいんの?いつ帰れんだよー」 生徒の声でペレは我に帰った。 そうだ、俺のやるべきことはこんなことじゃなかったはずだ。 「まあ、おまえらもわかってると思うけど、今は外に出たら何があるかわからない。この体育館は警察が守ってくれてるからここで辛抱しててくれ。」 「まじかよ、先生。俺今日見たいテレビあったんだけどなー!しゃーねえ、おい河野スマスマしようぜ、スマスマ!」 スマスマか。懐かしいな。
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