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「恭介ー!」
俺は少し泣きそうな声で部屋の壁に向かって叫んだ。
「恭介ー!いるんだろー!そこにいるんだろー!」
あんまり叫んだりとかしないが、とりあえずこの憤りを何とかすべく俺は叫び続けた。
「…え…よ。」
ん?声聞こえたな。
「恭介ー!俺フラれたわー!慰めてよー!」
俺は恭介がキレるのを見計らった。恭介の出した音のせいで、俺の思考回路は絡みに絡まった。
それでこの様だ。笑えよ。何か言えよ。もっと俺を責めろよ。それでもっと、俺を好きになれよ。
「響一。」
声がはっきり聞こえた。俺は壁に両手の掌をそっと触れさせた。
もし恭介が俺と同じ体勢で俺の声を聞いていたとしたら、その光景は何ともロマンチックではないかと、そんな想像を頭の中に巡らせていた。
「響一。もう止めろよ。もうこれ以上、俺を刺激するなよ。」
恭介の声が、震えているのがわかった。曇ったその声は、俺に静かな怒りをぶつけていた。
「嫌だ。俺を嫌いになるなよ。俺にはお前しかいないんだよ。」
俺は壁に爪を立てて、この壁がなければ恭介に触れれるのにと思った。部屋を出るという手段を忘れた俺の思考回路は、壁を爪でひっかくという行為のみで自分の気持ちを伝えるという手段しか思いつかない状態にあった。
だから知らなかった。俺の後ろにはもう、恭介が迫っていたことを。
そして気付いていなかった。恭介の手に、俺のマフラーが握られていたことを。
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