第1話「竜国の歌姫」

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 密林の樹々はその一本一本が、菊千代の生家を三つ四つ、五つ六つと積み重ねたほどに高く、菊千代は自分が蟻になったような気分になった。  入り口からは働き者の蟻たちがわらわらと行き来している。  一本の樹にいったいどれほどの人間が棲んでいるのか、算学の不得意な菊千代は到底数えることなど出来ずに、次々と吐き出される人の波にもまれて押し流される。  実は左側通行のところを菊千代が逆走しているだけなのだが、そんなマナーをおのぼりさんである彼は知る由もない。  突っ立っている菊千代にぶつかった人々は、罵声を浴びせようと顔を上げるが、彼の姿格好を見ると文句を呑み込んでそのまま去っていった。決して怖気づいたわけではない。その奇妙な出で立ちに人々は、 (こいつは関わらないほうがよさそうだ)  と察して、呑み込んだ文句を後に笑い話として同僚たちに吐き出す心づもりだった
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