記録

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「最後に、一つお話があります」 弁護士がおもむろに口を開いた。 私は顔を上げた。 遺言でもしたためろと言うのだろうか? 私に遺すものなど、無いに等しいのに? 「とても重要なことです」 弁護士の言葉が、今までの事務的な口調から、奇妙に熱を帯びたものに変わった。 「あなたに会いたがっている人がいます」 私は訝しむ。 私には、この世界で会うべき人物が思い当たらない。 肉親はとうにいないし、私の事を知る人がこの世界にいるとは思えなかった。 「もし、あなたの体調に問題がなければ、この後すぐにでも、その方は会見を望んでいます」 私は押し黙った。 ……会えば、いいのだろうか。 私の寿命は尽きると言うのに? だからこそ、彼らの話はもう終わりではなかったのか。 思いもよらない展開に、うまく考えられない。 どうしたらいい。 私は、今まで、自分の望むように行動したことがない。 全て、父と母が決めたことに従ってきた。 「差し出がましいとは思いますが」 弁護士が口を開いた。 「私は会う事をお勧めします」 弁護士が続けて話した事に、私は更に混乱した。 「この会見の向かう先によっては、いずれ、あなたには法的なアドバイスが必要になるでしょう。あなたのご家族は、あなたが適切なアドバイスを受けられる用意も整えています。私をあなたの顧問弁護士兼、代理人に指名することが出来ます」 他人だと思っていた目の前の人間が、突然身近に迫ってきたような気がした。 私は、よほど不安げな表情をしていたのだろうか。 「まずは話を聞いてみませんか。聞いてから、考える時間はあると思います」 「いったい、どういったお話でしょう」 「あなたのこれからの人生に大きく関わる話なのは確かです」 弁護士の熱心さは理由のない不安をかき立てたが、その熱は同時に、心に刺さる小さな棘のようでもあった。 私に聞いて欲しいと、この弁護士は願っている。 願うことはあっても、誰かに願いをかけられる事など、今までになかったことだったから。 「私……聞いてみます」 弁護士は、小さく頷いた。
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