記録

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「それでは、私はこれで」 手短に離席の旨を告げ、主治医は部屋を出て行く。 代りに部屋へ入って来たのは、若い男性だった。 ……と言うか、その様に見えた。 白い髪……? 銀色? 無造作な髪型のその色が、若い相貌とあまりにもそぐわなくて、私はまじまじとその人を見てしまった。 髪は染めているだけなのかもとすぐに思い当たって、急に恥ずかしくなった。 私は今の流行には疎い。 「サイトウと申します」 凝視されても、その人は気を悪くした風でもなく、穏やかな声で名乗った。 私は何を言えばいいのか分からず、ただその人を見る。 先ほどまで医師の座っていた椅子に腰かけ、サイトウも私を見る。 ふと、見かえすサイトウの瞳の色が、風変わりなことに気がついた。 少し赤みがかった……深い紫? その色を表す言葉を、私は知らない。 けれど、不思議と惹きつけられる綺麗な色だと思った。 総じて、サイトウという人は印象的だった。 「あなたは、自分の目に見える世界をどう認識していますか」 「はい?」 いきなりな突拍子もない質問に、私は面食らった。 「唐突ですみません。つまり目で見ているもの、視覚は2次元ということをご存知ですか」 「いいえ」 そんなことは考えたこともなかった。 あっけにとられて、なんだか私はおかしくなってくる。 弁護士は、今後の私の人生に関わる話だと言ったけれど、この会話のどこにそんな要素があるんだろう。 思わず弁護士の方を見ると、しかし、弁護士は真剣そのものだった。 「目で見ているものを立体と認識するのには、実は触覚が必要なのです」 サイトウは続ける。 「そして、空間を3次元として知覚するには、視覚や触覚、その他複数の感覚を駆使します。空間を把握する能力。動物は、これを経験から体得することができます」
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