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記録
目覚めたとき、私の目の前にいた人は、私の全く知らない人だった。
ベッドに横たわる私の傍らに立ち、私を見下ろしていた。
「はじめまして。……さん」
その人は私を見て、丁寧な言葉遣いで、そう言った。
最後の言葉は私の名前らしかった……私に向かって発せられた音はどこか不明瞭で、私にはよく聞き取れない。
幾重にも重なった、カーテンの向こうの声のように。
「意識が戻って何よりでした」
そもそも……どうしてこんなところに寝ているのだろう……
問いかけようにも唇は動かず、指先さえぴくりともしない。
「運動機能が回復するまでには、まだ幾ばくかかかります」
まるで私の不安を見透かしたように、その人は言った。
「長い眠りでした」
長い……眠り?
「まだご事情がよく分からないでしょう。暫くはゆっくり回復に努めてください」
息が詰まりそうなほど、胸が苦しくなる。
形のない不安。
私は……回復するのだろうか?
そんな疑問が、ふと過る。
目の前の顔にはいたわる様な笑みがあったが、そこには真実がないような気がした。
「あなたが目覚めるのを、待っていました」
ふいに疲労感に襲われ、私は目を閉じる。
「どうぞ、今はゆっくりお休みください」
声が、頭の上から降ってくる。
抵抗し難い眠気が意識をかすれさせる。
音もなく満ちる潮に飲み込まれるように、私の五感は闇の中へと沈んでいった。
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