冷たい理想

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「小川さん……」 瞳の真ん中にある唇が、微かに動く。 その声が耳に届いたと同時に 綺麗に微笑んでゆっくりと手を外した。 指先に消え残る温度に、 ( これからはこの温度を覚えて ) そう心の中で呟いて、私は指を軽く握りしめた。 それから少しして店を後にすると、 点々と続く灯りを目で追いながら坂を下る。 現在時刻は22時を少し過ぎた所 足取りがおぼつかない富士川さんに、 私は「大丈夫ですか?」と顔を覗き込んだ。 (……あ……) さっきは別に気を取られていたけれど これは―――― 「富士川さんもしかして―――、」 「……大丈夫?  小川さんこそ、前みたいに気分悪くなってない?」 少し意地悪そうに訊き返された私は 眉を下げて言葉を飲み込む。
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