冷たい理想

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「ほんの少しだけだよ  疲れが溜まっただけだし  だから―――」 何かを言いかけたけれど、 私の表情を見て言葉を止める。 「…判った、先に帰して貰うよ」 ゆっくりとシートに身を預けた富士川さんは 運転手に自宅の住所を告げた。 神楽坂からそこまでは15分程だっただろうか 中目黒の駅を通り過ぎ、着いたマンションは 彼の家から本当に近くて、 (こんな偶然は、いらないのよ…) 小さく心の中で毒づいた。 フロントガラスの向こうには 沢山の明かりが灯る、広いエントランス そこから隣に目を移せば、 浅く息をするその横顔はかなり赤くて、 この寒いのにうっすらと汗が滲んでいた。
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