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ヌァンは手を離す。男の体は糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。
その体にナイフを落とす。ナイフは男の肩に当たると、地面で一度跳ねて暗がりに消えていった。
ぱん……ぱん……ぱん……と、ゆったりとした拍手が部屋の奥から聞こえてきた。ヌァンは顔を上げる。
一人の老人が、車椅子を駆って暗闇から現れた。
老人は拍手を辞めると、表情を変えずにヌァンに言った。
「流石。元SASを三秒で無力化するとは。流石、殺し屋殺しの罪喰い」
ヌァン・サンソン、と老人は言った。
名前を呼ばれたヌァンは、しかし何も答えなかった。
「私を知っているかね?」
「プレコグ社の会長。朱良剛三」
「勉強熱心なようだな」
「新聞を読んでるもんで。……こいつ殺して良かったのか?」
ヌァンは親指で男の死体を指した。
「殺し屋ならいくらでも持っている。私が欲しいのはそんな頭の効かぬ兵隊蟻ではない。私が欲しいのは殺し屋殺しだ」
バチンと照明が落ちて、朱良の姿は闇に消えた。
一瞬後、再び明かりが点く。それはさっきまでの白色ではなく、真っ赤な光だった。
真っ赤な光は、朱良の皺に赤黒い影を落とし、老人を鬼の如く見せた。鬼の面が口を利く。
「三日前、私の妻が殺された」
「それはお気の毒……だが、俺の仕事は残飯処理だ。誰かを救いたいなら、警察に言ってくれ」
三時間前、と朱良はその言葉を無視して続けた。
「私の妻の首が送られてきた。これは同封されていたものだ」
朱良が何かを持っていることに、ヌァンは初めて気がついた。近寄ってそれを受けとる。
そこには汚く、赤い字で「ごめふくおいのりたします」と書かれていた。まるで幼児が親に送った手紙のようだった。
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