第1章

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口に広がる酸っぱい物を、俺は抑えることができなかった。死んだ。それも大勢の人間が一気に首を飛ばして死んだ。その光景が瞼の裏側に焼き付いて離れない。ゲロをその場に吐き出して、目の前の現実から目をそらそうと目をキツく閉じた。 こうすれば、あそこにいける。空に会える。そう信じて目を閉じてもいっこうにあの場所に行ける様子はない ─────────────カタ、カタカタ。 音がした。鼓膜を揺らす音に俺は耐えられなくなり、そっと目を見開き、ギョッとした。笑っていた。生首が首を飛ばされた生首達が、客のなれの果てが、カタカタと歯をカチカチと叩くことで笑い、その真ん中で血まみれの旦那様が、赤く染まった骸骨を抱えて、狂ったような笑みを浮かべていた。 シャランと音がした。それは幻聴だったかもしれないが、俺の目の前に少女が立つ、黒い着物に一本の日本刀の切っ先を旦那様に向けながら少女は言う。 「語ってもらおうか、なぜ、貴方は、その骸骨に執着する?」 少女が、旦那様か、それとも骸骨か、どちらかに尋ねた。そんなことするのになんの意味があるんだ? 俺は、ただ、見守ることしかできない。足がかくかくと揺れ動くだけで動けそうになかった。 「殺すつもりは、なかった」 旦那様が、少女ではなく、俺を見ながら言った。まるで、長年、詰め込んだ物を吐き出すように旦那様は語り出した。 「殺すつもりはなかった。ただ、退屈だった。与えられた地位や名誉、財産は俺が築き上げたものじゃない。先代、先々代が築き上げた物だ。俺は、その甘い汁を啜ってきた、ただのボンクラだ」 旦那様はケタケタと笑いながら言った。 「親の都合で結婚することとなった、女と婚約し、子供を欲しがる爺共と相手をなければならない、苦痛でうっとうしいと思った」 重い荷物を下ろしてしまいたかった。後継者しか興味のない親戚、お金、目当てでやってきたことの見え見えの妻と抱えて生きていくことに旦那様は疲れ、 「そして、過ちを犯した、使用人の女と共に枕をともにした。金の亡者の妻とでは肌を重ね合わせるなんて、とてもできなかった」 けれど、それが間違いの始まりだった。旦那様と夜を共にしてしまった女は、旦那様の子供を妊娠した。 これは不倫だ。浮気だ。世間に知れ渡れば相当なスキャンダルになってしまうだろう。所詮、先代から引き継いだだけでも、目の前に積み重ねた金には逆らえない
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