堕天使に連れてこられて。

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人間は沈黙した。自分達の罠に掛かって意識を失っている少年が、まさか、別世界から来たとは思わないだろう。せいぜい、この国の下衆な貴族が、魔力無しの子どもを森に捨てた…位が想像の限界か。 『ところで、そろそろ此奴を罠から外してやってはくれんか?我は実体を持っておらなんだ。』 「リーダー、あの毒はシルバータイガーの体格に合わせて塗られています。そろそろ治療を始めないと…」 「あ、あぁ……そうだな。頼む。俺とお前で罠を外すぞ。」 「了解。」 隊長と呼ばれた男と、もう一人の男で、歯を両側から思い切り引くと、漸く歯が実の腿から外れた。脚の付け根に近いので、かなりの量の血が失われている様だ。 「………"女神の息吹"。」 女性の一人が、実の脚に向けて光を放つと、脚の傷が徐々に治っていく。5分もすると、脚の傷はすっかり綺麗になり、他の箇所の傷も、大きな物以外は全て無くなった。 「傷は治ったけど、血液は戻らない。やっぱり、一度連れて帰って治療しないと。多分、今のままだと血が足りなくて起き上がれない。ここにいたら、食べられてしまう。」 「………おい、堕天使。」 彼を助けている間、周りを警戒していた男がグレイに話しかけた。 『なんだ?』 「俺たちはこいつを連れて帰る。お前はここで永遠に地縛霊でもやってろ。」 左手の親指だけを立てて、それを地面に向けた。あまり良いポーズでは無いが、グレイには、弱い生き物が威嚇をしている様にしか見えなかった。 『ははっ…それなら、其奴から我を引き剥がせば良かろう?我は、其奴から離れる気は無いからな。連れて行くのなら、我も行こう。』 隊長に背負われた実の横へ、滑らかに移動する。男は舌打ちをすると、懐からひとつの石を取り出した。 『ほぅ?転移石か。中々高級な物を持っているではないか。』 「この森に来るには、必ず持たないといけねーんだよ。そうじゃねーと許可は出ない。」 わざわざ丁寧に説明してやりながら、男は石に魔力を流した。すると、その石が一瞬光り、彼らの姿は森から消える。……グレイを置いて。 『ふむ……肉体を持たぬと転移出来んのか。良いことを知ったが、憑いている我には特に関係の無いことだ。』 グレイは空を少し見上げると、すぐに姿を消した。
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