身代わり

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大聖堂の脇にあるヒラルダの塔は、地上70メートルくらいまでは登れる。 ただしエレベーターはない。かといって階段もない。ゆるやかなスロープをひたすら上がっていくのだ。昔、馬で上がった名残らしい。 混んでいたこともあってゆっくり上がったから、さほど疲れなかった。上からはセビリアの町が360度一望に出来る。 とはいえ都会なので、見渡す限りどこまでも建物だらけで、アンダルシアの海沿いの青と白の町並みを見た目には、正直あまり美しいとも思えなかったのだが……。 あの景色を隣に立つ彼と見られたことは、一生の宝物だ。ずっと忘れない。 「この鐘28個もあるんだってさ」 頭上にあるどっしりした釣鐘を見上げながら怜さんが言った。 「いっせいに鳴ったら相当うるさいだろうな」 「鳴り出す前に下りたほうがいい? 」 肩をすくめた彼にそう言うと、ははっと笑い声が返ってきた。 そんな笑顔ですら、もう明日以降は見られないんだと思うと心をえぐられそうになる。
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