身代わり

32/60
前へ
/343ページ
次へ
「ホテルはどこなの」 物騒な妄想にはまり込んでいたので、彼の唐突な質問に驚いてつんのめりそうになった。 「おい、どうした。だいじょうぶか? 」 「はい」 恥ずかしくて声が消え入りそうになる。 「タクシー乗り場まで送るよ」 感情の読み取れない声でそう言われて、ようやく体勢を立て直したのに次の一歩が踏み出せなくなった。 怜さんはこれからどうするの? こんな時点まで聞けなかった問いは、やはり口には出来なくて立ち止まったまま、ただ彼の顔を見る。 唇をキッと引き結んだままで。そうでないと感情が目から溢れ出しそうだから。 もう夜の8時近いけど、まだ飛行機はあるんだろうか。列車で行くのならおそらく夜行になるのだろう。 もしパリに待っている人がいるのなら、急いで戻らなきゃいけないのかもしれない。 でも。
/343ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3369人が本棚に入れています
本棚に追加