身代わり

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かちん、とワインの入ったグラスを合わせて乾杯する。 すっきりした辛めのシャブリが喉を滑り落ちていった。 カウンター席の私たちの前にはおなじみのマッシュルームのガーリック炒めや、スペイン風オムレツが並べられる。 ぽつりぽつりと二人の口に上るのは、道中で目にした風景や建物などの当たり障りのない話題ばかりだった。 あえて口にしないことが、ほんとは最も話したいことなのに。 「まあいろいろと細かいことはあったけど、おおむねいい旅だった? 」 食べ終わって会計のため、今度こそ私のクレジットカードをカウンターの向こう側のバーテンダーに渡すと、怜さんが総括みたいな質問を投げてきた。 いろいろ……。 確かにいろいろあった。 人生でこんなに濃密な4日間を過ごしたことがあっただろうか。 「はい」 「そうか」 彼が口の端だけで少し微笑んだ気がした。
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