第2章

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プールに潜り、ゆらぐ視界とこもる音に慣れ切ってしまった後、息が切れて水から勢いよく顔を出したその瞬間、強い日差しとたくさんのクラスメイト達、そして先生の罵声が急に目と耳に飛び込んできて、全てを一瞬受け入れられなくなる、そんな状態に似ていた。 沢山の人、人、人! 色とりどりのスカーフとロングスカートを身にまとう女性達。 立派な髭が威厳たっぷりの男性達。 まるで呪文のような、耳慣れない言語。 足音なのか話声かも判別がつかない雑踏、雑踏、雑踏! 一瞬むせかえるような香辛料の香り。 灼熱の太陽。 そんな世界にいきなり放り出された私は、間抜けな顔で目を丸くして、それから、あとはもうどうしようもない。 手にはさっきガイドから手渡されたチケット。 人々は皆同じ方向に向かい、建物の中に入っていく。 催眠術にかけられたかのように、私もそれについていく。 建物の中に入ってからも、私の動揺は変わらない。 恐いのか無表情なのか分からない顔の年配女性が私の手からチケットを強引にとり、遠くを指さし、またチケットを私に返した。 その方向を見つめていると、聴きなれた小気味のよい音がする。 周囲の人もざわめき立つ。 電車だ! ドアが開く。 誰かに背中を叩かれ、訳も分からないまま電車に乗り込む。 チケットの表示どおりの席に着く。 日本でも同じことをやっているのに、チケットの番号と席の番号を突き合わせるのにこんなに混乱するなんて。 定刻。 ゆっくりと列車が動き始める。 そして5分ほどたっただろうか。 ガイドと別れてから、やっと初めて深く息が出来た。 胸の動悸も治まり、やっと何かを考えることが出来るような状態になった。 窓の外にはのどかな牧草地帯が広がる。 そう、私は首都を離れて、これから古都・サマルカンドへと向かうのだ。 サマルカンドは世界文化遺産にも登録されているウズベキスタンの一大観光地である。 ただし、私が日本の旅行会社を通じて手配していたのはホテルの手配と、ホテルと列車駅間の送迎とチケットの手配のみ、 つまり列車にはガイドなしで乗車するというものだ。 自分で手配したのだから当然ひとりで乗車することは分かっていたのだが、 いざ本番になると、こうも戸惑うものなのか。 頭が真っ白とはまさにこのことだった。 鞄からペットボトルを取り出し口をつける。
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