第2章

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心配性の私がわざわざ日本から忍ばせてきたものだ。 水を一口。 全身にいきわたる。 スーッと深呼吸。 目をゆっくり閉じて、またゆっくり開ける。 ようやく平常心を取り戻せた。 また車窓に目をやる。 さっきと変らない景色。 単純だけど、不思議と引きこまれる緑の世界。 私は今、日本から遠く離れたウズベキスタンの地を走っている。 ウズベキスタン共和国。 いわゆる中央アジアに位置する国で旧ソビエト連邦の共和国。 日本人の感覚で言うと、ロシアの下、中国の左、インドの上と言うのが一番分かりやすいかもしれない。 国の面積は日本より少し大きい位で、 日本の国土が縦に長いのに対して、ウズベキスタンの国土は横に広がっている。 その国土の東の端の地域にある首都タシケントから、私は今ちょうど西南の方に向かって古都サマルカンドへ移動しているのだ。 イスラム教を信仰している人が多く、その建築物はウズベキスタンが観光立国となったことに大いに資している。 私は知らなかったが、ヨーロッパの国ではポピュラーな旅先となっており、最近は日本からのたくさんツアーも組まれている。 トントン、 優しく肩を叩かれ振り返ると、大きな眼をした巻き毛の男の子が、うちわより大きいパンのようなものを持っていた。 それを一枚まるごと、私に差し出す。 7、8歳位だろうか。 潤んだ黒い瞳が私を見つめる。 どうしたらよいのか分からず一瞬戸惑っていると、少し遠くに笑顔でこちらを見つめる30歳半ば位の女性の姿があった。 おそらく外国人に興味深々の幼いわが子に、それならこれをあげておいでと母親が持たせたものなのだろう。 私は男の子に視線を戻し、 「スパシーバ」とロシア語でお礼を言った。 男の子は、はにかみながら、とても小さな声で 「スパシーバ」 と私の言葉をオウム返しし、母親のところに駆け戻って行った。 もしかしたら男の子はロシア語が話せないのかもしれない。 ただ、ウズベク語が分からない私は、片言でも現地の言葉でお礼が言えたささやかな達成感に包まれていた。 それと同時に、もらったパンを見つめ、とても温かい気持ちになった。 時間はちょうどお昼どき。 香ばしさが鼻をくすぐる。 きっと、素朴だけど素材が活きた味なんだろう。 けれど私はそのパンを口にもっていくことはしなかった。
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