第2章

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「他人にもらった食べ物は絶対に口にしないこと。混ぜられた睡眠薬で眠らされ、身ぐるみを剥がされる危険性がある。」 ガイドブックの注意事項に忠実に従うあたり、私はやっぱり日本人なんだなあと思う。 この親子が睡眠薬強盗である可能性なんて限りなくゼロに近いけれど、 やはりここは異国の地で、私は女一人旅。 厚意をむげにする良心の呵責にさいなまれても、守りたいルールがある。 ありがたいなあ。 ありがとう。 この気持ちを胸に、大きなパンをビニール袋に入れ、鞄にくくりつける。 また窓に目をやると、またさっきと同じ景色。 でも少しも退屈ではない。 電車が揺れ、自分の腕がビニール袋にあたってカサッと音が鳴るたびに、また優しい気持ちに包まれる。 日本のパンと違って、顔より大きくて、平べったい。 大部分は小麦粉そのものの白い色で、ところどころ黒いコゲがついている。 単純だけど、ウズベキスタンに来てよかった。 午後2時、サマルカンドの駅に到着。 降り立ったプラットホーム、太陽がまぶしい。空が青い。 駅舎を出ると、ガイドが待っていた。 私の鞄にくくりつけられたビニール袋を見て開口一番、 「ナン持ってるね!」 「え?」 「ウチダ・ヨウコさんですね、私、ガイド、ホテルまでお送りします」 「はい、よろしくお願いします。」 呆気にとられてしまったが、このガイドさんは日本語を話せるんだ。 「日本語、お上手ですね。」 「はい、ベンキョウしました。」 「ナンって?」 「それ、ウズベキスタンのパンのこと、『ナン』といいます。」 「そうなんですね」 車が走り出す。 朝とはもう違う都市にいるなんて、とても不思議な気持ちだ。 午後3時、ホテルにチェックイン。 ガイドとはロビーで別れ、部屋に入る。 そういえば今日昼食をとっていない。 そのことに気づき、とんぼ返りでロビーに戻る。 おすすめのレストランをフロントのスタッフにきく。 ホテル内の中華レストランが一番美味しいという。 うまいセールストークにまんまと乗せられ、サマルカンドでの記念すべき初めての食事は、チャーハンと中華スープとなった。 単調な味ではあったが、昼食をとっていないことに気づいてから急激にお腹がすいてきた私は一心不乱にレンゲを口に運ぶ。 部屋に戻ったのは5時。
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