序章

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「さて、今日は何か予定があったかな?」  ディー男爵の黒い上着を手渡すと、エルセは首を横に振った。 「そうか。久し振りの休日といったところだな。たまにはのんびりするのも悪くないな」  手渡された上着を着て、ボタンをかう。  続いて黒い革靴を彼の足もとに用意すると、エルセは明るい笑顔で頷いた。 「お前も今日くらいは休んだらどうだ?一日くらいだらけても文句言わんぞ?」  エルセは力いっぱい首を横に振った。 「そうか?だが疲れたら無理せず休むことだ。こんな何もない日に力尽きて大事な日にがんばれないようでは困るからな」  エルセはにっこり笑ってうなずいた。  彼は優しい。貴族であり、町の人々よりも恵まれた環境下で育ったにも関わらず、侍女や庭師、料理人たちと平等に、時に厳しく接してくれる。具合が悪いといえば休ませてくれるし、へまをすれば叱りもする。身分で差別などしたことがない、されたこともないと町でも評判だ。 「さて、食事に行くとしよう。お前も食べるだろう?」  服を着替え終えた男爵が振り向くと、エルセが少し目を反らした。腹部に手を当てて、申し訳なさそうに一礼。 「なに?食べた?いつだ?」  身振り手振りで小さく表現。ディー男爵はすぐにそれを読み取り、頷いた。 「二時間前に、リンゴ半分だと?足りたのか?」  こっくり。エルセが頷くと、男爵はいたずらっぽく笑った。 「嘘を吐いてもだめだぞ。お前がそれだけで足りるはずがないだろう」  ぽん、とエルセの頭を叩いた。空色の髪の少女は顔を赤らめ、俯いた。  エルセはまだ十三歳。同年の少女と比較しても身体は小さく、体型も少々やせ気味。しかし育ち盛りでかなりの大食い。大盛りのカレーライスを三杯程度なら軽く平らげてしまう。その栄養がどこにどう行っているのか分からないが、身体は小さいままだ。 「ほら、片付けを済ませて食堂に行くぞ。どうせまた朝市に行ってきたのだろう?二時間も前に取った食事など消化されて、胃袋に何も残っていないだろう。運動の後の食事も格別だぞ」  ぶん、とでも鳴りそうな勢いでエルセが首を縦に振った。  先ほどまでディー男爵が着ていた服を丁寧に畳むと、それをベッドの上に置いた。  ぱたぱたと部屋のドアまで駆けると、ドアを開け、男爵を通させる。 「さあ、行こう」  こくり。エルセは頷き、部屋を出てドアを閉めた。
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