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「はい、安いよ!安いよ!買った買った!数はこれだけしかないからね!」
「このナスの山もらった!いくら!?」「あ、こら!それはあたしが先だ!」
「…………っ!!」
野菜と腕と金が入り乱れる朝市の八百屋で、主婦の壁の間をかいくぐって、小さな手が伸びてきた。網に入ったトマトを一袋、その隣の大根を一本取ると、それを店主の大柄な女性に向かって差し出した。
「はいよ!お金は!?」
言われ、小さな腕が代金ぴったりの金貨を持って懸命に伸びてきた。
「はい、ありがとさん!落とすんじゃないよ!次は誰だい!?」
購入したトマトと大根をバスケットに入れると、突如人の波が激しくなった。
「~~~~っ!!」
押され、揉まれ、流されて小さな手の持ち主、エルセが人混みの外に弾き出されてしまった。
「…………っ!!」
負けてたまるか。エルセはリボンを縛り直し、果敢にもう一度突撃していった。
都合十回この流れを繰り返し、やがてエルセのバスケットは新鮮な野菜でいっぱいになった。
一度バスケットを街道の石畳の上に置くと、ポケットからハンカチを取り出し、額の汗をぬぐった。今日もいい仕事をしたな、などと思いながらハンカチを畳みなおし、ポケットにしまうと、バスケットを両手で掴んだ。
これだけあれば充分だ。屋敷に帰ろう。もうすぐ若様が起きる時間だ。
できればあの人が起きるまでに帰って、おいしい朝食を作りたい。作るのはエルセではなく屋敷の料理人だが。
それでも、あの人が美味い美味いと言ってくれる姿が浮かぶと、自然と笑みがこぼれてくる。
――早く帰ろう。
バスケットの重量はかなり重く、柄の付け根がぎしぎし言っている。この程度で壊れたりしないが、できるだけ優しく扱おう。
彼女は両手でバスケットを持つと、ぱたぱたと街道を駆け抜けていった。
後ろでは喧騒。彼女が目指すのは町はずれの林。そこにそびえる豪華な屋敷だ。
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