序章

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「はいよ、ありがとさん!」 「なあなあ、さっきのちびっこいお穣ちゃん、あれだろ?男爵様んとこの」 「んあ?ああ、そうだよ」 「健気だねえ。あんなでっかいかぼちゃ三個も載せて。重いだろうに」 「あんなの軽い方さ。すごいときはあのカゴ二つ持ってるよ」 「そいつは、負けてらんないね。若さは失っても主婦の端くれ、頑張ろうじゃないか。あ、これ頂戴!」 「はいよ、毎度あり!」  石畳の街道は町をまっすぐ横断する。その先は町はずれの林に伸び、果てはこの町の領主とも言える男爵の屋敷へと続く。男爵の評判は高く。ものすごく庶民的な貴族と呼ばれ、町の人々とも親交が深い。男爵の食事に招かれることもあるし、男爵を食事に招くと気兼ねなく来てくれる。貴族としてのプライドがないのか、と他の町の貴族から馬鹿にされることも多々あるが、彼にはあまりピンとこないことらしく、何が悪いといつも一蹴する。  エルセ・サフォーリオンはそんな彼専属の召使いだ。彼の身の回りをすべて世話をする献身的な少女で、召使いとしてのスキルはほぼすべて身についている。唯一、料理だけは大の苦手で、どれだけ練習しても上手にならないのが悩みだとか。  屋敷の皆もエルセに色々なことを教えてくれるし、頼りにしている。疎ましく思ったり妬ましく思ったりしていない。彼らも妹同然、娘同然に可愛がってくれる。  だから彼女は幸せだ。今の生活に何の不満もない。  たとえ、その口からは言葉を紡ぎ出すことができなくても。  それでも彼女は、今が幸せだと心から思える。  石畳を駆ける少女は、屋敷の門を開けてくぐり、そして閉めた。鍵は基本的に掛けられていない。来るものは拒まず迎え入れ、屋敷の住人すべてが寝静まった頃にエルセが鍵を掛ける。盗賊などが屋敷の物を盗みに簡単に入れるので、エルセも一時期まめに鍵を掛けていたのだが、その他の使用人はおろか、男爵も鍵を開けて出入りするとそれっきり掛けようともしないので、さすがのエルセも「まあ、いいか」とさじを投げた。皆が寝ている時に閉めてあれば問題ないだろうと思っている。  不思議なことに、泥棒が入られたことはないらしい。少なくともエルセの知る限りは一度もない。
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