序章

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 門から屋敷までは広い庭を通る。石畳にも整備が行き渡り、汚れがまったく見えない。見回せば植木や草までもがきれいに切り揃えられ、整備する者のこだわりがよく見える。  革のブーツが石畳を踏み、小さな身体はバスケットの重さに引っ張られてはいるが、しかしまっすぐと進む。ふと、少女が足を止め、バスケットを置いた。右を向き、その先で背の高い木を植木バサミで切り揃えている老人が見えた。  エルセは声を持たない。だから声と同じものを使って相手に伝える。  ブーツのつま先で、石畳を叩く。こつこつ、といい音が鳴った。 「ん?おお、お前か。今朝も精が出るな」  ぺこり。エルセが深々とお辞儀をした。 「早く行ってやんな。料理長がさっき包丁持ってうろうろしてたぞ」  いけない。遅くなってしまったか。  この屋敷の料理人ゴードは料理を作るのが大好きだ。まともな知識も技術も学んでおらず、自力で本を読み、実際に作って食べてみて、そうして独自の料理スキルを身につけた努力の天才だ。ただ、あまりに料理が好きすぎて、食材がなくなると気付くと着のみ着のまま外に出る。エプロン姿で、手も洗わず、金も持たず、包丁を持って。  どこからどう見ても脅迫して食材を奪おうとする人間にしか見えないので、町の守備兵団に捕まること数十回、もはや今となっては彼が町を包丁持ってぶらついてもあまり恐れられなくなった。彼のその悪い癖はともかく、料理の腕は秀逸。その腕を見込んでたくさんの人間が彼を雇おうとしたが、自由に料理を研究させてくれないという理由で彼自身から辞めた。ということで、男爵が雇った。男爵は彼に自由に料理を作らせ、食材もエルセがすぐに補充させた。すると彼はこの環境を大いに喜び、誠心誠意尽くすようになった。  ただ、悪い癖は治っていないようで、使いたい食材がなかったり、鍋や食器が破損して使えなくなったりすると包丁を持って屋敷内をうろうろする。時々屋敷内で悲鳴が鳴り響くようになり、その都度武器を持った住人が集まってあわや大乱闘ということもちらほらある。さすがに最近は皆慣れてきたのか頻度が減ってきているが、エルセも最初、屋敷内をうろつく彼を見た時は手近にあった花瓶やら何やらをぶん投げてボコボコにしてしまったものだ。  今となっては笑い話だが。
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