序章

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 エルセはバスケットを掴みなおし、老人に向かってもう一度お辞儀をすると、屋敷内へと足を踏み入れた。  屋敷はエントランスから広い。扉からまっすぐ伸びる紅い絨毯、その先には二階へ、三階へと上がる階段がまっすぐ伸び、突き当りには大きな絵が飾られている。大空へ飛び立つ鳥たちを描いた、男爵の自信作だ。エルセはこの絵が好きだ。自由を連想させるその絵は、エルセの心をリラックスさせる。朝起きた時、夜寝る前、屋敷を出る前、戻った後には必ず一回その絵を見る。見るのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。  屋敷の扉を開け、足を踏み入れたその時だった。 「おっしゃあああ!!」「っ!?」  突如、棒状の何かが飛んできた。がば、と思わずエルセはしゃがんだ。  それはエルセの頭上数ミリを通り過ぎ、逃げ遅れた空色の髪を三本ほどちぎった。 「…………!?」 「あ~悪い悪い。当たってない?」  冗談じゃない。当たってたら今頃左側の歯が全部ない。  侍女服の女が柄の長い箒を肩に担いで立っていた。前からいろいろと力任せなことを平気でする人だと思っていたが、まさか殴りかかってくるとは思っていなかった。 「っ!っ!っ!」  バスケットを落とし、頭のてっぺんを両手で押えて抗議する。女の命、大事な大事な髪の毛が根元から引っこ抜かれた感覚を覚えていた。
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