序章

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 ドアを開けると、部屋をうろうろしているエプロン姿の男が見えた。手に包丁を持っており、まだか、まだかとぶつぶつ言っているのが聞こえる。  やがてドアが開いた音に気付いた彼は、エルセの姿を認めるとそのまま駆け寄ってきた。 「おう姫さん!待ってたぜ!」  料理人、ゴード・エッジャー。包丁を持って徘徊する料理人だ。  料理人というものは総じて大柄で筋肉質で、ひげ面に厳つい顔というイメージがあるが、彼もその例にもれず、大柄で筋肉質、ひげ面に厳つい顔をしていた。ただそれは外見だけの問題で、実は中身は能天気で後先考えないイノシシタイプだったりする。  最初は『姫さん』と呼ばないでくれと抵抗していたエルセだったが、『別にいいじゃねえか、減るもんじゃねえし』とかよく分からない理屈をつけて頑なに呼び方を変えようとしなかった。最終的にエルセも呼ばれ慣れてきたのか、諦めたのか、そう呼ばれることに落ち着いた。そんなエルセがにこっと笑ってバスケットを手渡すと、ひゃっほう、とか叫んで厨房へと駆けこんでいった。  キッチンからは火を起こす音、まな板を敷く音、包丁が食材を切り刻む音が聞こえ始めた。が、すぐに厨房の入口からゴードの顔がのぞき、エルセを見てにかっと笑うと、 「ありがとな、助かったぜ」 とだけ言い、引っ込んだ。  その後、キッチンからは、ひゃっはー、とか、うっしゃあ、とかテンションの高い声が響いていた。  エルセは安堵の息を吐くと、その場を後にした。
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