凪の海

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「えっ、オダチンもそうなの。私に返事くれた人も、冒頭の文章は『僕は戦後の社会崩壊から、再生を目指す日本経済の在り方について疑問を持っている。』てな感じなのよ。チンプンカンプンだわ。」  アッチャンの言葉に、アオキャンを除く全員がうなずいた。 「文通って、自分はどんな人間で、どんなところに住んでいて、どんな毎日を暮らしているのか…みたいなところから始まるのが普通じゃない。」 「そうね…。」  オダチンの言葉にミチエも同意せざるを得ない。ため息交じりに言葉を続けた。 「やっぱりエリート大学生は、私たちとレベルが違うのね…。」 「ちょっと待って。」  アオキャンが机を叩いて立ち上がった。 「あんた達、もうみっちゃんのお兄さんに頼ろうかなどと考えてるんじゃないでしょうね。」  3人がお互いの顔を見あって腹を探り合う。 「お返事を一度もらっただけで、もうやめちゃうなんて、そんな失礼なこと出来ないわ。それじゃ幹事である私の顔が丸潰れじゃない。」  エライ剣幕のアオキャンに他の3人が首をすくめた。 「お願い。相手が辞めたいと言えば別だけど、せめて半年は我慢してよ。」 「えーっ半年も。」  3人が同時に絶叫する。ミチエが慌てて言い添える。 「わたしは、先輩のインターハイが終わって、今度は秋の新人戦に向けて自分達の練習なの。大変なのよ。半年も日本の経済成長についてなんて書いてられないわよ。」 「返事を返す回数は問わないから…とにかく半年我慢して。お願いだから今辞めるって言わないで。」  ミチエは腕組みをして考え込んでしまった。 「アオキャン、どうして半年なの?」 「そうよ、理由を聞かせて。」  オダチンとアッチャンが詰め寄る。アオキャンは伏し目がちにつぶやくように答えた。 「来年の4月に修学旅行があるじゃない。」  今は修学旅行と言えば、受験の準備を考えて2年の秋におこなうことが多いが、ミチエ達の時代は、3年になったばかりの春に修学旅行に行っていた。 「それが何の関係があるの?」 「修学旅行で行く先は知ってるでしょ。」 「ええ、毎年京都だけど…」 「その時、京都に知り合いがいた方が何かと便利じゃない。」  そう答えながらも視線を合わそうとしないアオキャンの顔を、3人はじっと見つめた。感のいいオダキャンはピンときた。 「ははーん。あんたの文通相手、あたりだったんだ。」 「当たりって…なによ。」
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