凪の海

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「ちょっと、手紙見せなさい。」  オダチンは、すばやくアオキャンの手紙を奪い取った。 「ちょっと、やめてったら…。」  アオキャンが慌てて取り戻そうとするが、アッチャンとミチエが彼女を阻む。オダチンが開いた手紙から、一枚の写真がひらりと落ちた。アオキャンに来た手紙だけ、相手の写真が入っていたのだ。写真には同志社キャンパスの樹木に寄り掛って、育ちがよさそうな好青年が映っていた。 「あら、結構カッコいいわね…。たしかに半年後に会いたくなるような好青年ね。」  オダチンの指摘にアオキャンの顔が真っ赤だ。 「えっ、つまりこの人に会う前に自分の印象を悪くしたくないから、私たちに我慢しろって言ってるわけ?」  ついにアッチャンが核心を突いた。アオキャンは足の震えを止めることができない。 「ちがう、ちがう、ちがう…そんなことないって!」 「キャー、信じられない!」  もう仲良し4人組は、ひとつの手紙を囲んでラグビーのモール状態。騒然となった。 「はい、そこの4人。もう昼休みは終わり。席にもどりなさい。」  細い竹で黒板を叩く音ともに、彼女たちの担任教師がエキセントリックな声で4人に注意を促した。  「さすがに『忍ババ』ね。教室に入ってきたの気づかなかったわ。」  そう呟き、クスクスと笑いながら4人組はそれぞれの席に着いた。  英語の授業は始まったものの、ミチエは教室の窓から外を眺め、どうしたものかと思案していた。やはり文通が負担でしょうがない。労力と言う面もあったが、実は手紙そのものの内容に魅力が無かったのだ。どんな難しい事を言ってきたとしても、それが本当に相手の心にあるものなら、襟を正して丁寧に読み返すマナーぐらいミチエは持っている。しかし、送られてきた手紙は、どこからか借りてきた知識と思想で埋まっていた。それがミチエにはなんとなく解るのであった。 「半年か…。」  ミチエはため息をつきながらも、ミミズ事件を知られた以上、やはり我慢して続けるしかないと自分に言い聞かせた。  泰滋は、持ちにくい分厚いカップに注がれたコーヒーを口に運ぶと、その苦さに顔をしかめた。こんなもの、毎日飲む奴の気が知れない。テーブルに座っていても、なんだか手持ち無沙汰になって、初めて入る店内の様子をキョロキョロと見まわした。
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