『箱』に封じ込めた想い

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晴香は、掃除を終えると、貴之が整理していたクローゼットの前へと急いでいく。 貴之は、待っている間にもしっかりと整理をしてくれている。 女である晴香より、男である貴之の方が整理整頓は上手で。 断捨離も貴之の方が得意だ。晴香はどちらかというと捨てられないタイプだから。 「ごめん、遅くなっちゃって」 晴香のその声に「大丈夫だよ」って笑いながら、一つの箱を差し出してくる貴之。 それは、細長い木箱だった。 「これ、大切なもんじゃないの?」 言い方が優しいからか、「別に」なんて言えなかった。 貴之に話さずに、結婚する時に持ってきて、クローゼットの奥にしまい込んで、そのままにしていたのだ。 『御筆』と毛筆で書かれた箱に入っているのは、晴香が生まれた記念に作られた胎毛筆。 晴香の家は古風な家で、親戚の中で一番お姉ちゃんだった晴香は、五歳の頃には自立を求められ、年下の親戚をまとめ上げることを求められていた。 年下の親戚の子供の誰かが悪いことをすると、晴香は怒られていた。 「なぜお姉ちゃんなのに、悪いことを止めて、きちんとしつけてあげることができないの」と。 だから、晴香はかわいがってもらっていた自覚はない。 ただ、この筆だけが、自分がかわいがってもらっていた証に思えていた。 「うん。これだけは特別なの」 「これだけ?」 「これ、私が生まれたときに生えてきた髪の毛で作った筆なんだって。私って、あんまり大切にされてきた記憶がないからさ、これが大切なものに思えて…」 そう言って、晴香は箱を開ける。 そこには、やや細身の筆が入っていた。貴之がイメージする筆の毛先とは違って、それはとても黒く、確かに人間の髪の毛のように感じる。 「これが晴香の生まれた頃の髪の毛だと思うと、感慨深いな…」 そう呟いた貴之は、本当に愛おしそうに、その筆を見つめていた。
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