視線の先

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空はあいにく、灰色の雲が大勢を占めていた。 東北の春は遅いとはいえ、四月の初めにしてはずいぶんと肌寒い。 加えて、時折、海から吹きつける風はたっぷりと冷気を孕んでおり、体感温度をさらに下げる。 ――やっぱり、冬物のコートにすればよかったかも。 私は少し後悔しながら身を縮こまらせ、古びた水族館の入り口を抜ける。 水族館は平日の昼間にもかかわらず、なかなかの賑わいだった。 たぶん、近々閉館してしまうからその前に……という人も多いのだろう。 かくいう私もその一人なのだけど。 「せっかく震災も乗り越えたのに……」 津波は何とか耐えたが、老朽化の波には勝てなかったという事か。 なんにせよ、小さい頃から馴染みの場所がなくなってしまうのは、やはり寂しい。 私は小さくため息をついた。
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