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ユーキくんはまた少し笑った。ユーキくんはいつも言葉の終わりに軽く笑う。きっと面白くなんかなくても、話している相手を心配させないように笑っているのだ。自分の傷がもう傷じゃないってことをアピールするために、毎日、毎言葉、ユーキくんは嘘をついている。
「相変わらず、性格悪いですね」
私はテーブルに頬杖をつき、横目でユーキくんを見た。
「僕はいつも誰にも優しくありたいと思ってますよ」
この人はいつもそうだ。ユーキくんは五つ年上の大学生だが、丁寧語で話してくる。丁寧な言葉でどこか曲がったことを言う。
「ユーキくんは、芽衣ちゃんと待ち合わせ?」
恵麻がその名前を出す。芽衣ちゃん。ユーキくんが好きになった女の子。肩までののサラサラの髪に、くるくるしたまんまるの瞳。ユーキくんと同じ歳と言われればそうだけど、見た目は高校生の私たちと変わらない。人懐っこい笑顔でほおをつまんできたり、こないだ偶然パン屋の前で会ったときには「きゃー、未来ちゃんだあ」と抱きつかれた。ああ、この人はきっと思いっきり愛されて育ってきたんだろうな、と、思った。これから先も愛されていくんだろうな、と、思った。私とは違う。
「そうですね。芽衣ちゃんは最近忙しいので、今日くらい会っておかないといけません。いけません」
ユーキくんはカウンターの窓から薄い青の空を見上げて言った。
「僕もいい加減、会いたい」
「うわー、十一月なのにここだけ夏!」
恵麻がユーキくんをからかう。私はユーキくんの言葉の端々に現れる芽衣ちゃんへの気持ちに押しつぶされそうになりながら、それでも、ユーキくんの絵画教室の後輩の一人として頑張る。私はユーキくんとは釣り合わない。ユーキくんを遠くから眺めているだけでいい。
「ほら、恵麻、そろそろ私たちは帰ろう。二人の邪魔になっちゃうよ」
私はそういってかばんにスマホを入れ、ユーキくんをちらっと見る。ユーキくんは、大判のマフラーを首から口元まで引っ張る。ユーキくんの薄い唇はマフラーの中にすっぽり収まる。
「お気遣いありがとうございます」
マフラーの中から聞こえるユーキくんの男性にしては少し高い声。
「あっ、うん。じゃあ、ユーキくん、バイバイ」
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