1人が本棚に入れています
本棚に追加
恵麻のトレイに自分のコーヒーカップを載せ、さっと立ち上がる。モタモタする恵麻を置いてそのまま返却台へ向かう。レジを通り過ぎて、カフェの少し重いドアを押し、外に出て早足で歩く。遠く。遠く。
ユーキくんと芽衣ちゃんのセットはとても似合う。はにかむユーキくんの横で花のように微笑む小柄な芽衣ちゃん。芽衣ちゃんを見るユーキくんの優しい表情。その世界平和の代表みたいなシルエットを少しでも見たくない私は悪いやつなのかもしれない。口をきゅっと結ぶと、踏み出す足に力が入る気がする。ユーキくんの近くにいたいけど、この場にはいたくない。空間を切り取れるPhotoshopが欲しい。もしも世界が一枚の画面なら、このカフェからユーキくんだけを切り取って、私の横に貼ってほしい。そんなことできないから、私は右足で地面を踏み、左足を前に出す。
「未来、待ってぇ」
はるか後ろから恵麻の声がして、仕方なく足を止める。夕方のオフィス街。安い代わりに立ち食いスタイルの人気イタリア料理店の前の交差点だ。青信号はチカチカと点滅している。渡り終えた道の向こう側に恵麻が息をきらして膝に手をつき、立ち止まっている。
「ごめん、ごめん」
恵麻のほうへとって返そうとした次の瞬間、ドンという鈍い音が聞こえた、気がした。目の前の風景がスローモーションの映像のようにゆっくりになって、道路のアスファルトが近くなったと思ったら今度は空が近くなった。さっきまで薄い青だった空はいつの間にか赤に染まっている。夕暮れの赤い色。下には変形した車が見える。世界から音が消えた。赤い、赤い空の中に溶けてしまいそうだ。このまま、太陽まで行ったら、地球はどんなふうだろう。まるでスマホの画面に少しずつひっかき傷がついていくような私の毎日なんてちっぽけに思えるのだろうか。それでもきっと、私はユーキくんの傷を忘れることはないだろう。あのとき割れたユーキくんの赤い眼鏡を。宇宙からでも見つける。
二.リカ
「気がついた?」
声が聞こえる。
「ねえ、私、リカっていうんだけど」
声の主は続ける。
「やっちゃったね、未来ちゃん」
リカの次の言葉で私は凍り付いた。
「死んじゃったよ、未来ちゃん」
「ねえ、ねえ、未来!」
最初のコメントを投稿しよう!