第1章

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就職してすぐの年、私は社員寮に入って働き始めました。 社員寮は職場と同じビルの最上階にあるので通勤時間は一分足らずと、それはとても便利だったのですが、ひとつだけ面倒なことがありました。そのビルには駐車場がなく、車は歩いて五分ほど離れた市営駐車場に置くことになっていました。車が移動手段のメインである地方都市では、これだけの手間でも面倒なものです。けれど、自宅から通ってくる他の社員の人たちも毎日その駐車場から歩いてきているので仕方ないことだとガマンするしかありませんでした。 これはその市営駐車場で、冬の日に体験した出来事です。 翌日がお休みだったので、仕事が終わってから学生時代の友人たちと会いました。学生のころと違って頻繁には会えなくなりましたが、飲んで食べておしゃべりして、気兼ねなく過ごせる時間は学生時代に戻ったようでとても楽しかったです。入社して半年以上が過ぎて、お互いに仕事の悩みや愚痴も話すようになったのが以前とは少し違っていて、大人になったような気分にもなりました。 居酒屋を二軒はしごした後カラオケに行き、そこでしばらく寝込んでしまいましたが、私の運転で友人たちをそれぞれ送り届け、市営駐車場に帰って来たのは明け方のことでした。 冬のことなので、辺りはまだ薄暗く、星もちらほら見えていました。 「うー、寒そう。外出るのいやだな」 別れ際友だちがくれた缶コーヒーを飲みながら外を見ると、数台ある他の車には霜が降りていてどれもうっすら白くなっています。それを見ると暖かい車内から出るのはなかなか大変です。 やっと車から出てエレベーターホールに行くと、ちょうどエレベーターのドアが閉まるところでした。 「あっ」 誰か乗ってる? いいや、いやな顔されても謝って乗っちゃおう。 もう一基は一階に止まっていたので、一瞬でそう考え、『開』ボタンを押して中に飛びこみました。 「す、すみません」 謝りながら飛び乗って、振り返った私は唖然としてしまいました。 誰も乗っていないのです。 閉まる直前、確かに人影は見た気がするのにです。 「おかしいなぁ、見間違いだったのかな」 不思議に思いながらも一階のボタンを押して、ゆっくりドアが閉まっていくのを眺めていました。すると、半分くらい閉まりかけたドアがまた開きました。 「はいはい、ごめんなさいね」
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