二輪

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「おい女、逃げたらいけん。」 斎藤さんたちに釘付けになっていれば、あの男の声が低く聞こえてきた。 「こんな綺麗な眼をしたいい女、俺が逃がす訳ねぇだろうが」 顎に手を添えられくいっと上を向かされれば、また目があった。 さっきまでの訛りはどこへやら、熱を帯びたその目に私は 「綺麗・・・?」 そう聞き返していた。 「あぁ、綺麗で極上な女だ。 俺と来い。」 あぁ―――私はこんな状況下でこの名も知らない男に言われたことに喜んでいる。 こんな異常な空間だからこそ、私はこの男から目をそらすことができなかった。 「和助様ッ・・・」 黒い服の人が呼んだ名に、ぴくりとその男の手が動いた。 男の顔が近づいたと思ったら静かに囁かれた。 「俺の名は晋作、また会おう。」 静かに離れたその男の名・・・ 「高杉晋作に岡田、以蔵・・・?」 私の横を通り過ぎた男の名を呼べば、ほう・・・と面白そうな声が聞こえた。 「必ず会おう、散ッ!」 高杉さんのその声を合図に一斉に散りながら走り出した長州の人たち。 「一ッ!」 焦るような、そんな叫び声 頭の中を整理する暇もないまま声がしたほうに顔をあげれば腕から血を流す斎藤さんの姿があって、斎藤さんを間にいれるように挟む土方さんと沖田さんだった。 とぼとぼと近くで怪我の具合を確かめたくて近くに行けば行くほど、私の足はがくがくと震えその場に尻をついた。 「女、大丈夫か」 一番に声を掛けてくれたのは斎藤さんで・・・ 「死んじゃわないよね・・・?」 掠れる声でそう聞き返していた。 「馬鹿女、滅多な口を聞くんじゃねぇ。」 本当に怒っているのだろう。 土方さんは険しい顔で静かにそう呟いた。 「屯所に行くぞ、総司医者を呼んできてくれ。」 「は~い」 皆の様子からすれば大怪我ではないんだろうけど・・・ 走り出そうとした沖田さんはちらりと私を見た、気がした。 「土方さん、その娘殺しちゃだめですよ? 僕が来るまでは生かしといてくださいね。」 にっこりと笑って、そんな事を言ったかと思えば土方さんの返事を聞くこともなく今度こそ駆け出して行った。 「っち、行くぞ。」 「走りましょう。」 私は歩き出した二人の背中を押すようにそんなことを言っていた。
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