二輪

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「・・・誰なんですか?」 やっと出た言葉はそれだった。 「やだなぁ~、僕は沖田総司。 それ以下でもそれ以上でもない。 正真正銘、刀を握り命を落とすのではなく労咳で死ぬ沖田総司だよ。」 前髪をかき上げながら自分の死に様をはっきりと言った沖田さんに私はまた何も言えなくなる。 「あ、夢じゃないからね? あ~ぁ、チョコレートが食べたい。」 目の前に立っている沖田さんは、刀も差しているし、中世的な顔立ちだし、着物だってばっちり似合っている。 「ねぇ、もう一度聞くけど、歴史を変えようなんて考えてないよね?」 「え・・・」 「そんなことしたら許さないよ。 僕の五年間が無駄になるんだから。」 意味が分かんない。 沖田さんは一体何者で、私はこれからどうやって生きていけばいいのか。 「君、綺麗だよね。 いい事思いついちゃった。」 がらんっと一転した視界に私は堪らず声をあげようと口を開いた。 でもそれは叶わなくて、大きなその手が私の口を押える。 鼻元まで覆われてしまえば息もできなくて、苦しくて、訳わかんなくて私の目から涙が溢れた。 「泣かなくてもいいのに。 すぐ殺すのは勿体ないからさ、少し僕と遊ぼう。 出るところもちゃんと出て、ひっこむとこはひっこんでるいい女だしね。 それに何よりその眼が堪らない。」 あ~もう沖田さんの声なんか聞こえない。 薄れ行く景色の中、猫さんのことを想っていた。 もうすぐ会えるのかな・・・ 「手、どかしてあげるけど騒がないようにね」 猫さん・・・ 圧迫されていた力がなくなったかと思えば、急に酸素を吸いこんだ私は咽た。 暫く経てば落ち着いて呼吸が出来た。 「抵抗しないの?」 されるがまま、声をあげることも抵抗もしない私を不思議そうに見下ろすのが歪む視界の端で見えた。 でも、もうはっきり言ってどうでもいい。 唯一の友達の猫さんが死んで、目が覚めれば江戸時代で、本物の斬り合いを見て、刀を突きつけられて、歴史を知っている過去の人が目の前に居て、殺されかけて、私を襲っている。 助けてほしいなんて縋る人も居ない。 私はこの時代でも一人ぼっちなんだ。 「いいことを教えてあげるね。 5年前、目が覚めたら------・・・。」
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