第1章

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そこには愛想の欠片もない、私の仏頂面がうつっています。どこが表情が柔らかくなったのでしょうか。 「不思議そうですね。まぁ、小さな変化ほど気がつきにくいものですよ」 「そう、ですね」 そうかもしれません。ずっと近くにいたからわからなくて、遠く離れてみたらわかることもありますから。 「そうかもしれません。小さな変化ほど、気がついたときには手遅れなんて珍しくないですからね」 「手遅れ?」 「別に、くだらない話ですよ」 そうくだらない話、とてもくだらない話。 「くだらない話でもなんでも構いませんよ。旅は道ずれなんとやらとでも言うでしょう? 吐き出してみたら意外とすっきりするかもしれません」 男はニッコリと笑いました。どうせ、話しても構わない、用事が終われば、全て終わってるんだから、 「夫が、浮気をしてたんです」 「ほぅ、浮気ですか。それはけしからんですね」 「いえ、それはいいんです。私みたいな陰気な女と夫婦でいるほうが辛いでしょうから……」 「けれど、貴女は夫を許せていない」 違いますかと、男は尋ねてくる。許す、許さないなんて、どうなんでしょうか。 「許すとか、許さないなんてわかりません。これから会いに行くんですから、それから決めます」 夜の汽車に乗って、夫の出張先まで出向く。そこで私が何をしたいのか、実を言うと私にもわかってない。ただ、バックの中に入れた、あるものだけがずっしりと重くなった。 「決められるんですか?」 「え?」 「仮に、貴女の夫が浮気してる、していないにしろ、今まで通りにはいかないでしょうね」 男は言う。どうせ、他人事、偶然、乗り合わせただけの相手だ遠慮する必要もないのででしょう。 「そのまま見てみぬふりを続けることもできるかもしれませんよ」 「無理です」 それは魅力的な言葉でありましたけれど、 「それはもうできないんです。たぶん、ここで引き返してしまったら私は、私でいられなくなる気がするんです」 たとえば、汽車は決められた方向にしか進めません、外れてしまえば脱線してしまいます。 「それに見てみぬふりは、さんざんしてきまたから」 「決意は固いということですか」 男は、もしかしたら私の考えていることを知っているのかもしれません。私は無意識のうちにバックに入れた包丁に触れていました。 「そうです」 説得して、考えを改めさせようとしていたのかもしれませんが、
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