第1章

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「おーい、君。これをでんせつの田中さんに持って行ってくれ」 でんせつの田中さん、少し前から気になっていた単語だ 電気設備課、略して電設 たったこれだけの言葉だが何か少し面白い単語である 「伝説の田中さん…ふふっ」 にやにやしながら電気設備課の扉を叩いた 「はーい」 ノックから数秒と立たず、言っちゃ悪いが冴えない中年。といった感じのおじさんが出て来た 「でんせつの田中さんですか?」 「はい、私がでんせつの田中です」 キョトンとした顔で繰り返し言われたせいで少し笑ってしまった 「ははは、やっぱり笑っちゃいますよね」 田中さんは特に怒る様子も無く、事務的に返した 「やっぱり、でんせつの田中って言われるのは……こう言っちゃ何ですけど気持ちいいんじゃ無いですか?」 「……はぁ…?」 マズいな、調子に乗りすぎた きまずい空気が流れる中、足早に立ち去ろうとお辞儀をしながら田中さんの名札をチラリと見た 『電気設備課。伝説の田中』 吹き出しそうなのを堪えながら、訝しそうに俺の顔を見る田中さんの名札を指差した 「そ…それって……会社から貰った名札ですよね? なんで伝説の田中って書いてあるんですか?」 「……はぁ? 私が電気設備課、伝説の田中だからですが」 ん? 話が通じない…なぜこの男は伝説のという冠詞がついているのを当たり前のように受け入れているんだ? 俺なら一瞬で突っ込んでしまうと思うが 「え…えと……電気設備課、略して電設ですよね?」 「そうですね」 「だから伝説っていう言葉要らなく無いですか?」 俺がそう言った瞬間、どこからか警備員が飛んできた 「貴様、伝説の田中さんになんという無礼を! 捕まえろ!」 俺はされるがまま捕まり、やがてやってきた警察に身柄を引き渡された 手錠をかけられる直前、昔NHKだかなんだかで見たドキュメンタリーを思い出した それは伝説の男についてだった 幼少の頃より伝説の男として生き、伝説の男として死ぬ人種が居るとか何とか、そういう話だった、下らなさ過ぎて今の今まで完全に忘れていた 彼はきっとそうだったんだろう、俺みたいな一般人が小馬鹿にした態度を取っただけで捕まったのだから
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