プロローグ

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 早川理学研究所――深夜、多くの研究員達が帰宅や仮眠などをとって静まりかえった時間。ある一室だけが薄明かるい光を放っている。光源は主にデスクの上にあるパソコンの画面から滲む明かりと頭を垂れたスタンドライトだ。  パソコンの画面に写し出されているのはバカンティマウスと呼ばれる、背中にヒトの耳が生えた実験用マウスの画像だ。画面の中のマウスを見つめる男の目は半ば狂気に蝕まれたような笑みをたたえている。  室内にある大小様々なケージは凄惨たる光景だ。病原菌を注入されて日に日に弱っていくマウス。体に穴を空けられ、プラスチック製の窓を挿入されて中の胎児の様子が観察できるようにされたマウス。臓器を摘出され、ぺニスを切断されたマウス。どれも見るに絶えないものばかりだ。  そんな中、男は何食わぬ顔でデスクの回転椅子から立ち上がり、部屋の奥にある一際大きな檻へと視線を移す。  その檻の中には、白い体毛を持つハツカネズミだった面影をにわかに残したヒト型の生物が隅のほうにうずくまっている。大きさは成人男性ほどだ。  バカンティマウスの背中にある耳は本物のヒトの耳ではない。ウシの軟骨細胞から作られた骨格をマウスの皮膚下に移植したものだ。だが、男が作ろうとしていたものは違った。医療用万能細胞の研究をしていた任期制職員である彼は、自身の任期を延長するための話題作りにウシの軟骨細胞ではなく、本物のヒトの耳を持ったバカンティマウスを作ろうとしていたのだ。
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