プロローグ

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 だが、檻の中の生物の姿はどう見てもバカンティマウスのそれからは程遠い。  男は檻へと歩み寄り、鉄柵を掴んだ。 「気分はどうだ? 悪くはないか?」  しかし、その生物はうずくまった姿勢のまま何も答えず、ただじっと男の顔を見据えている。その赤い目には、呪、怨、怒、恨、殺、ありとあらゆる負の感情をごった煮したような不気味な輝きがたたえられている。  だが、男はそんなことなど露知らず、「まさかな、さすがに言葉までは理解できないか」と、その生物の記録を付けるためにデスクへと向かった。  男はパソコンに外設されたカメラに自らの研究内容の進捗を残すべくマイクに向かって話し始める。 「EG細胞をマウスに投与してから二ヶ月が経過した。EG細胞を投与したマウスはヒトの遺伝子によるゲノム情報の書き換えによって通常では考えられないほど肥大化し、日に日にヒトの姿へと近付いている。もしかすると内耳の形成段階でEG細胞が脳を侵食してしまったため、細胞の分化誘導に異変が生じてしまったのかもしれない。わたしは彼をエピサピアン(後天性人類)と名付けることにした。この調子ならばいずれは完全にヒトと呼べる姿になってもおかしくないだろう。もしかするとわたしは、チャールズ・バカンティを遥かに超えてしまったのかもしれない」
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