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「矢島の事は……きっかけにすぎない……」
「?」
「アイツにとられたくなかったし……一緒に出掛けるのがなんで俺じゃないんだよ、って家でイライラしてた」
「……」
「なら、行くなって言ってくれたらよかったのに」
「男のプライドだよ」
苦笑いのコージ。
「何それ……」
私はツーンとそっぽを向いた。
「ほんと、何それ……、だよな……」
でも寂しげな口調のコージに、私の視線はまた吸い寄せられる。目が合うと、小さく笑ってくれた。
「あの日……、駅で実尋の事を待ってた、数年前のあの日……俺はたぶん、もう実尋に嵌ってたんだと思う……」
「……」
「ほんと、くるかどうかもわからないのに、馬鹿みたいに何時間も待ってたんぜ?』
「………」
「さっさと帰ればいいのに……、からかわれたんだ、って思って……諦めようと思ったのに、足が動かなった……」
「……」
「自分でも驚くほどに、ダメージが大きくてさ……ったく笑っちゃうよな?……たった、一回………、会った女の子のこと、それも話したのも数分……それなのに……、深く、俺の中に強く浸透しちゃってさぁ……ほんと、まいるよな……」
項垂れうなじのあたりをさするコージ。
「……」
私は言葉が出なくて……ただじっと息を潜めていることしかできない。
「俺さぁ……」
ゆっくりと視線をあげたコージが、私の瞳を射抜く。
「実尋のこと……、ずっと忘れられなかった……」
「……」
「同じ会社に来たときは、夢かと思った……でも素直に、再会できて嬉しかったし、ホント馬鹿みたいに舞い上がってた」
「嘘……」
「嘘じゃないよ、本当だよ?」
「あの日の事を聞いて、すっぽかされたんじゃなかったってわかって、飛び上がるほど嬉しかった……ずっと消えなくて、閉じ込めてた想いが、急に溢れ出して、思うままに実尋に手を差し出した……」
「……」
「その手を実尋がとってくれたから、あぁ、これから、始まるんだ、って、2人の気持ちが重なったんだって、確かに思ってた」
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