ウ・テ・ル・ス

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 確かに賠償が必要ないというのはありがたい話だった。 ぶつけた車は高級外車だったから修理代も法外だろう。 いくら保険とは言え、 事故証明を取り、 会社に事故報告をし、 安全指導という名の長い説教を受けて、 しかも保険の等級を下げて割引率を不利にするのは本意ではない。 しかし、 賠償しなくていいから、 そのかわりオフィスに来いと言うのもなんとなく胡散臭い。 来る前にインターネットで会社を確認するべきだったが、 あいにくネットカフェに入るような余分なお金は持ち合わせていなかった。  危険な匂いを意識しながらも、 賠償の必要が無くなるからと、 懸命に自分に言い聞かせてここにやって来た。 実は、 本人は認めたがらないが、 ベルヴェデーレのアポロンをもう一度見てみたいという下心もあったのは事実だと思う。
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