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これは、湯川さんという男性が体験した話。
湯川さんは、二十年程前の秋頃におかしな夢を見た。
アパートと思しき部屋に自分がいて、その部屋の中を壁際に立ち観察しているだけという、そんな内容の夢だった。
ここはいったいどこなのか。夢の中では何故か身動きが取れず、まるで金縛りにでもあっているかのような状態のまま、湯川さんはひたすら見知らぬ部屋の中を見続けていたそうなのだが、暫くすると固定された視界の中に自分の娘が入り込んできたのを見て
(ああ、そうか。ここは娘が暮らしている部屋なのか)
と納得し、そのまま部屋の中で寛ぐ娘を見つめていた。
娘はこの時で三十代後半。仕事が忙しいのか結婚はしておらず、遠く離れた場所でずっと一人暮らしを続けている。
もう五年近く顔を合わせていない娘を懐かしく思い眺めていると、突然娘が苦痛の表情を浮かべ頭を押さえるようにして倒れ込む光景が展開し、湯川さんは驚きと同時にハッとなって目を覚ました。
何だ、夢か……。そう安堵はしたものの、どうにも夢のことが気にかかり娘へ電話をかけると、娘は特に変わった様子もなく元気にしていると笑いながら応じてきた。
今日、こんな夢を見たから心配になった。一人暮らしなんだから、身体には気をつけろよ。
そんな言葉をかけて電話を終え、二月程が過ぎた頃。突然、娘から入院することになったと連絡が入った。
どうしたのかと話を聞くと、最近頻繁に頭痛がするようになり病院へ検査を受けに行ったら、脳梗塞を起こしかけていることがわかり、それで急遽手術をすることになってしまったのだと、そう告げられた。
それから、湯川さんは手術に立ち会うため休みを取り、初めて娘のアパートへ行ったのだが、部屋に入ってリビングへ移動した瞬間、そこが夢で見た部屋と瓜二つの光景であることに驚いたという。
そうだ、自分はこの部屋にいて、確かその辺りから……。
夢の内容を思い出しつつ、自分が立っていた壁際の方を見ると、そこには組み立て式の棚が置かれ、ちょうど視点となっていた位置には西洋風のアンティーク人形が飾られている。
それを見て湯川さんは、ひょっとしたらそういうことなのかと、しっくりきたのだという。
その飾られた人形は、湯川さんの母が生前に孫娘へプレゼントした人形だった。
母さん、娘の頭のことを夢で教えてくれたのか。
その後手術は無事に成功し、形見の人形は今も大事に娘さんの元にあるそうだ。
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