幼馴染みと担任と学校。

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 ぐるぐると底無し沼にいるような不快感の中で『ミナミ・・・って・・・誰だっけ・・・?・・・あぁ、康介のことだ。・・・そう言えばそんな名字だったっけ・・・』なんてそんなことを考えたり。  良く側にいる人ほど呼び慣れた名前があって、だからこそ本名を忘れてしまったり名字を忘れてしまったりなんてことは良くある話。 「大丈夫か?はいこれ。吐くなら吐いて良いからな。我慢すんなよ」  後部座席に座らせてどこからか取り出し手渡されたコンビニのレジ袋を受け取る。 「大丈夫、大丈夫」  先生はそう、優しくなだめるように、幼い子供に言い聞かせるように、何度も何度も繰り返しながら背中を擦ってくれた。  康介よりも大きくて、どこか暖かい、掌が、背中で何度も往復した。  その甲斐あってか暫くそうして座っていたら吐くこともなくだんだんと体は本調子とまではいかなくともそこそこ元に戻ってくれた。 「・・・ありがとう、先生。もう大丈夫だから」 「大丈夫ったってまだ元気ではねぇだろ。送ってってやっから」 「良いよ。ほんと、大丈夫。もうすぐそこだし」 「だめ。大人しく言うこと聞け。ほら、南も何か言ってやってくれ」  ここで話を康介に振るか。 「そうだ。先生の言う通り、送ってってもらえ」 「でも、私は」  ・・・私は・・・。 「いいから。ありがとな。今日俺が行ったときちゃんと起きててくれて。ちゃんと来てくれて。それだけでもう十分だし。実際こうしてここまで俺と歩いてくれたじゃんか。この通学路は今日なくなる訳じゃねぇんだ。明日も明後日もずっとある。なんなら今日の帰りだって。何度だって歩けば良いんだ。まだ始まったばっかだろーが。な?」  ポンポン。  敵わない。  時々康介には敵わないと思い知らされることがある。  今もそう。  私が何を言わなくたって、康介はちゃんと分かってる。どんなに本音を隠して見せたって康介には隠しきれなくて。  ・・・敵わない。  こんな風に、撫でられたら。  敵わないや。 「じゃあ俺行くから。先生、律のこと、頼んだぜ」 「おう、任せとけっ」  ほとんどの生徒が先生が来たことで『それなら任せて大丈夫だろう』と止めていた足を再び動かし始め、平凡を取り戻した通学路に戻っていった康介。  それを見送って後部座席のドアを閉め、運転席に乗り込んだ先生。
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