病院と過去。

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side 康介 『こうちゃん?どうしたの、こんな時間に。まだ学校でしょ?』  受話器の向こう、産まれてからずっとそばにあった優しい声に泣くまいかと誓った心はいとも簡単に崩れ去る。 『か・・・母さん・・・母さん・・・母さん』  それはまるで壊れたCDのように同じ言葉だけを繰り返した。  何度も、何度も。  その次の言葉が出てこない。出てこない、と言うよりは心が、体が、拒絶する。 『康介。落ち着いて。今どこなの?』  震える声、隠し切れない動揺。明らかに尋常じゃない様子を受話器越しに感じたらしい母さん。俺も気が動転していたからこの時の会話を正確には記憶していないもののいつもになく俺を『康介』と呼んだことだけは賢明に覚えてる。 『・・・川前(かわさき)病院・・・』 『分かったわ。今すぐ行くから。待ってるのよ』  返事もせずに院内の公衆電話の受話器を置いた気もするし、ちゃんと返事はしたような気もする。  ただ、それから十分ほどして母さんは本当に俺のもとへ駆けつけた。  これは後から聞かされた話だけど、どうも俺自身に何かあったのではと気が気でなかった、と言っていた。  だけど実際俺自身のことではないにしろ俺同等、家族同然に想ってた律のことだと知って腰を抜かすほどに驚いて、手術後の彼女を見ては涙した。 『あなたが、笹川さんの親御さんですか?』  医師にそう尋ねられたとき母さんはまだ自分がなぜここに呼ばれたのか、見当がつかなかったそうだ。 『こちらはこの生徒の母親です。本人のご両親にはどうしても連絡がつかなかったため、よく知った仲だそうなのでこちらにお呼びしました』  代わりに先生がそう話したのを聞いてようやくその状況を把握したと言ってった。 『では彼女の容体についてですが・・・。外傷に特に目立った点はありません。どれもかすり傷程度です。恐らく落下した先の草花がクッションになったと考えられますね。内傷としては左肋骨三本の骨折が見られましたが内臓には異常ありませんし、ここまでは奇跡と言っていいでしょう。命に別状はありません。ただ・・・問題は脳』 『・・・脳?』
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