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「梶原。お前、奥さんはどうした」
着古したどてら姿で炬燵の前に陣取る友人に、鍋を運びながら、声をかける。
分厚い黒メガネの下で、梶原は不機嫌そうに痩せた体を揺すりながら、首を振った。
「どうしたもこうしたもあるか。あれは、目黒のお義母さんのところに籠城中だ。もう、かれこれ四日になる」
この男から鍋でも食いに来ないかと誘いがあった時点で、おおよそ予想はついていたのだけれど、私は呆れた心地で肩をすくめる。
土鍋をドンと簡易コンロの上に置いて、熱の移った指先で自分の頸を撫でさすりながら、炬燵の別の面の前であぐらをかいた。
「夫婦喧嘩かい。本年、これで4度目だろ。春夏秋冬、一シーズン一回はやらかしてる計算だ」
「出て行くのはね。だが、お前が知らないアレとの口論が、実にその90倍はあるという事を一応報告しておこう」
この年の瀬に至るまで、ほぼ360日、毎日、喧嘩していると言いたいようだ。
その、いちいちまどろっこしい語り口が細君の腹を立たせているのじゃないかという気はしないではない。
だが、まぁ、それがこの男の特性のようなものである。
責めても私に益はない。
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