3.仮初めの距離*

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「……あーあ、先生が俺のクラスメイトだったらなー」 「?」 「ほら、仲矢と名木。きっと出席番号で並ぶから、もっと違う感じになってたかもしれない」  ふと独り言のようにこぼして笑うと、先生は少しだけ意外そうな顔をした。  だけど反応と言えばそれだけで、それ以上話が広がるわけでもない。 (まぁ、どっちにしても先生は、俺のことは選ばないだろうけど)  俺は自嘲気味に苦笑した。  何だかまた遠くなったとぼんやり思う。でも、これでもいままでよりかはずっと近いのだ。それを喜びこそすれ、悲しむなんてあってはならない。  名木先生は瀬名が好きで、俺はそんな名木先生を一方的に好きなだけ。その関係は何も変わっていない。  大丈夫。自分はちゃんとわきまえられている。  そう自分に言い聞かせ、俺は先生から手を引いた。 「じゃあ、そろそろ俺は帰ります。部活やってる連中も、もう校内には残っていないだろうし」  いつも遅くまで練習している野球部も、この天候ではさすがに切り上げているだろう。 「そうか。……まぁ、気をつけて帰れよ」 「はい」  頷きながら、空いた片手をズボンのポケットに突っ込んだ。中でそっと指を握る。  わきまえているとは言っても、たちまち薄れていく先生の名残は純粋に手放しがたかった。 「――あ、課題のこと、ありがとうございました。助かりました」 「ちゃんと提出しろよ」  俺が形だけの会釈を向けると、先生は釘を刺すように答え、やがていつものように前方の空へと目を遣った。  俺は静かにドアを開けた。先生と俺とを、隔てるかのように佇む冷たく重いドアを。 「さようなら」  最後にそう言い残し、屋上から姿を消した。振り返ることもなく階段を下りていく俺の背後で、遅れて扉の閉まる音がした。
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