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(次、数学なんだよな)
それも名木先生担当の。だからこそ即決できない。本音を言えばサボりたくなかった。
俺は普段から、気が向けば化学以外の授業もサボっていたが、とりわけ数学だけは真面目に受けていた。
理由は単純に、担当教師の一人が名木先生だったから――というわけでなく、もともと数学という科目が好きで得意だったからだ。
もちろんいまとなっては、「名木先生の教科だから」という理由の方が先に立つ。
でも現に俺は、担当教師が名木先生以外の数学の授業も、特にサボりたいと思ったことはなかった。
(どうすっかな……)
そうこうしているうちに、六時間目開始のチャイムが鳴った。
「っかし、そう言うの名木ちゃんの方は嬉しいと思うのかね」
「さぁな」
俺は結局、教室には戻らなかった。
予想通り加治もその場に残り、
「それが瀬名なら、そりゃもう手放しで喜ぶんだろうけどな」
しかもそう言うなり加治はそのまま体勢を横向きに変え、「おやすみ」と言って目を閉じてしまった。
俺は「そうだな」と苦笑を滲ませ、顔を上げた。
体育館裏が常に日陰になっているのは、近くに高い壁があるためだった。そのおかげで、夏でも吹き抜ける風はそこそこ冷たい。
景観的にはその高い壁のせいでほとんど何も望めないが、幸か不幸か、その少ない景色の中には旧校舎の屋上が入っていた。ほんの端の部分だけとは言え、時折名木先生が逃げ場にしているあの場所だ。
ただ、そうして先生が佇むのはここからすると反対側で、だからもしそこに誰か立っていたとして、ここから確認することはできない。
(まぁ、先生は今は授業中だし)
にも関わらず、俺は気がつけばその方角に目を向けていて、
「ホント、名木先生も大変だな」
そのくせひどく他人事のように呟いていた。
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