2.変わらない距離

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(次、数学なんだよな)  それも名木先生担当の。だからこそ即決できない。本音を言えばサボりたくなかった。  俺は普段から、気が向けば化学以外の授業もサボっていたが、とりわけ数学だけは真面目に受けていた。  理由は単純に、担当教師の一人が名木先生だったから――というわけでなく、もともと数学という科目が好きで得意だったからだ。  もちろんいまとなっては、「名木先生の教科だから」という理由の方が先に立つ。  でも現に俺は、担当教師が名木先生以外の数学の授業も、特にサボりたいと思ったことはなかった。 (どうすっかな……)  そうこうしているうちに、六時間目開始のチャイムが鳴った。 「っかし、そう言うの名木ちゃんの方は嬉しいと思うのかね」 「さぁな」  俺は結局、教室には戻らなかった。  予想通り加治もその場に残り、 「それが瀬名なら、そりゃもう手放しで喜ぶんだろうけどな」  しかもそう言うなり加治はそのまま体勢を横向きに変え、「おやすみ」と言って目を閉じてしまった。  俺は「そうだな」と苦笑を滲ませ、顔を上げた。  体育館裏が常に日陰になっているのは、近くに高い壁があるためだった。そのおかげで、夏でも吹き抜ける風はそこそこ冷たい。  景観的にはその高い壁のせいでほとんど何も望めないが、幸か不幸か、その少ない景色の中には旧校舎の屋上が入っていた。ほんの端の部分だけとは言え、時折名木先生が逃げ場にしているあの場所だ。  ただ、そうして先生が佇むのはここからすると反対側で、だからもしそこに誰か立っていたとして、ここから確認することはできない。 (まぁ、先生は今は授業中だし)  にも関わらず、俺は気がつけばその方角に目を向けていて、 「ホント、名木先生も大変だな」  そのくせひどく他人事のように呟いていた。
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